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更新日:2015年11月2日

万葉遺跡・防人藤原部等母麿遺跡

天平勝宝7年(755)に防人(さきもり)を派遣する際、諸国より選ばれた壮丁(そうてい:成年男子)が父母妻子と惜別の情を歌った短歌90余詩が「万葉集第20巻」に載せられています。市内若小玉地区にある春日神社、大御田等の地名等から、この地を藤原部等母麿の遺跡と考察し、昭和36年5月1日に八幡山古墳に隣接して歌碑が建てられました。碑表には「藤原部等母麿」とその妻である「物部刀自売」の2首の歌が刻まれています。

 

「足柄の  御坂に立して  袖振らば  家なる妹は  さやに見もかも」

(あしがらの  みさかにたして  そでふらば  いはなるいもは  さやにみもかも)

埼玉郡上丁藤原部等母麿(さいたまぐんかみつよぼろふじわらべのともまろ)

「色深く  せなが衣は  染めましを  御坂たばらば  まさやかに見む」

(いろふかく  せながころもは  そめましを  みさかたばらば  まさやかにみむ)

妻・物部刀自売(め・もののべのとじめ)

 

歌の大意は、「夫の等母麿が防人として西国に行く途中、足柄峠で袖を振ったならば、家に残った妹(妻の意味)にも、はっきり見えるであろうか。」妻からは、「もっと色を濃く背(夫)の衣を染めればよかった。それなら、足柄のみ坂を通ったら、はっきり見えるであろうに。」と唱和したものです。地理的には行田から足柄峠は見えるわけがなく、出発前に衣の色にことよせて、別れの悲しみを夫婦間で取り交わした歌です。

  • 読み                  まんよういせき・さきもりふじわらべのともまろいせき
  • 区分                  県指定記念物
  • 種別                   旧跡
  • 所在地               行田市藤原町1-27-2  八幡山公園内
  • 公開/非公開    公開
  • 指定年月日       昭和36年9月1日

 

 万葉遺跡・防人藤原部等母麿遺跡

 

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