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更新日:2016年3月15日

南河原石塔婆

観福寺境内に所在する2基の大型板碑は、鎌倉時代中期の代表的な板碑として知られ、昭和3年に国の史跡に指定されました。

江戸時代後期に編さんされた「新編武蔵風土記稿」には、当地出身の武蔵武士で、源平争乱の際に摂津国生田の森(兵庫県神戸市中央区)の合戦で討死した河原太郎高直・次郎忠家(「平家物語」では盛直)兄弟の供養碑であるとの伝承が載せられていますが、真偽については「彼兄弟の碑とせんには、年代違へり」と述べています。また同書には、これらの板碑はかつて村の北の畑中にあったものが、後年、観福寺に移されたとあります。

文応2年(1261)銘の板碑は、上半部に阿弥陀如来をあらわすキリークという種子(仏をあらわす梵字)と蓮座が大きく深く薬研彫り(やげんぼり)され、下半部には阿弥陀三尊の図像が線刻されています。また最下部には紀年銘を中心に12名ほどの人名が刻まれています。

文永二年(1265)銘の板碑は、中央部に脇侍をともなった地蔵菩薩の図像が岩座の上に線刻され、下部には紀年銘を中心に阿弥陀号などをもつ20数名の人名が刻まれています。

  • 読み        みなみがわらいしとうば
  • 区分        国指定記念物
  • 種別        史跡
  • 員数        2基
  • 所在地       行田市南河原1503 観福寺
  • 時代        鎌倉
  • 形状        文応二年銘の板碑:台上高263cm、幅65cm、厚さ9cm
  •            文永二年銘の板碑:台上高187cm、幅58cm、厚さ6.5cm
  • 公開/非公開  公開
  • 指定年月日   昭和3年2月7日

 

 文応二年銘板碑   文永二年銘板碑

 

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