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更新日:2016年1月15日

梅貞童子の御守筒

徳川家康四男の忍城主松平忠吉(ただよし)が、長子の梅貞童子の成長を願って作らせた御守筒で、新編武蔵風土記には「梅貞童子ノ負ハセ玉ヒシモノト云、長サ一尺三寸五分円径三寸三分、銅ノ滅金ニ唐草ノ彫アリテ葵御紋二十七ヶ所ニアリ」と記されています。

筒は、金銅製で、葵紋唐草透し彫りが施され、両端の蓋は外れるようになっており、中央にふさを結ぶためと思われる丸環がついています。

松平忠吉は、天正8年(1580)9月生れで、文禄元年(1592)2月、忍城主となり関ヶ原で勇戦し、直後の慶長5年(1600)10月、清洲城主(62万石)となりましたが、慶長12年(1607)3月、28才で逝去しました。梅貞童子は、慶長3年(1598)に早世し、正覚寺に葬られました。

  • 読み        ばいていどうじのおまもりづつ
  • 区分        市指定有形文化財
  • 種別        工芸品
  • 員数        1口
  • 所在地       行田市城西4-3-21 正覚寺
  • 時代        江戸
  • 形状        長さ43cm、口径8.5cm
  • 公開/非公開  非公開(行田市郷土博物館にレプリカ展示)
  • 指定年月日   昭和35年3月29日

 

梅貞童子の御守筒

 

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