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公開日:2011年12月9日
真名板には江戸時代、花蔵院(けぞういん)という真言宗の寺院があり、薬師堂はその境内において差配を受けていた堂であったといわれていますが、花蔵院は明治初期に廃寺となり、現在は薬師堂のみが残っています。
本像は、銅のなめらかな質感と、うつむきかげんの静かな面立ちが印象的で、両手先が失われていることから「手なし薬師」として地域の信仰を集めています。制作時期は鎌倉時代後期で、この時期の金銅仏は全体的に小作りなものが多い中で、94cmもの像高を持つ像は珍しいものといえます。また、薬師堂の近くには、本像とほぼ同じ時期にあたる「建治元年(1275)」銘の板石塔婆があるほか、鎌倉時代の『吾妻鏡』には「真名板五郎」という当地の地名を冠した武蔵武士の名が見え、その館が薬師堂周辺にあったと推測されていることから、本像の造立との関係が考えられています。

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