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公開日:2012年1月18日
算額とは、江戸時代中期に始められた風習で、額や絵馬に数学の問題と解法を記して、神社仏閣に奉納したもので、和算の研究成果や学問の向上を祈願して奉納されたといわれています。
この算額は、天保8年(1837)9月、平井尚林の門人であった飯島平之丞秀勝が、下忍地区の琴平神社(下忍神社に合祀)に奉納したものです。縦57cm、横63cmの杉材で、二重の和算の問題と解法を示しています。平井尚林は、進修館の数学者田中算翁(さんおう)の教えを受けた人です。
算額が流行して、全国の学徒は学力を争うようになり、特に田舎の和算家にとっては、算額が絶好の発表方法となり、各所に算額が発見されています。忍藩を中心とした地方に特に多く発見されていますが、これには行田の特殊事情があったようです。つまり、利根川と荒川に挟まれていて常に洪水の危険にさらされていたので、測量術が強く求められ、和算の必要性も強かったためと考えられます。また、郷土の生んだ数学の天才田中算翁の影響も大きかったものと思われます。




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