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公開日:2011年12月9日
前玉神社は、「延喜式神名帳」に前玉神社二座小と出てくる古社です。祭神は、前玉彦、前玉姫の二神で、本来は埼玉古墳群を築造した豪族が祭った国神であったと思われます。また、「新編武蔵風土記稿」では、成田氏の時代に忍城中の浅間神社を勧請したとされており、江戸時代に浅間神社の信仰が盛んになり、社名も浅間神社と称するようになりましたが、明治になって旧に復し、前玉神社になりました。
鳥居は明神系の形式で、笠木、島木が一体に作られ、両端に反増を持ち、さらに笠木、島木は二本の石材を中央額束の上で組み合わせています。
貫は一本の石材で作られてくさびはなく、柱はややころびを持ち、台石の上に建ちます。正面左側の柱の銘文によれば、延宝4年(1676)11月に忍城主阿部正能家臣と忍領内氏子により建立されました。さらに住持宗融とありますが、前玉神社の明細帳によれば、かつて神社の境内に別当寺である真言宗の養老山延命寺があったことが記載されており、宗融はこの延命寺住職と考えられます。建立から330年余り経過し、江戸時代における浅間神社(前玉神社)の隆盛を伝えるとともに、廃寺となった別当延命寺の記録を残すものとして重要です。


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