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公開日:2012年1月13日
奥平氏は、武田氏と徳川家康の勢力に挟まれた三河の小豪族で戦国の世を生きてきましたが、貞能(さだよし)の代に家康方に味方して、長篠城に子の貞昌(さだまさ)が籠城し、武田勝頼軍との攻防戦に耐え、信長・家康連合軍が設楽が原において鉄砲で武田の騎馬軍団を打ち破った長篠の戦いに抜群の功績を残しました。貞昌に家康の長女亀姫が嫁いだことで徳川家との姻戚関係が生じ、徳川一門として江戸時代に奥平家、分家の松平家ともに十万石を領しました。
この画像は白髪の老年期の貞能を描いたもので、紙本着色です。署名落款はないものの、江戸時代前半頃の狩野派の作者によります。全体に筆勢のある線により、気品を感じさせる優れた作品です。奥平家より分家した松平忠明(ただあきら)が奥平家の中興の祖として祖父貞能の菩提を弔うために建立した大蔵寺に伝来したもので、松平家の忍藩への移封に伴い、大蔵寺とともに移転されたものです。


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