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公開日:2011年12月9日
この像の姿は、太子が16歳の折、父、用明天皇(ようめいてんのう)の病気回復を祈願して孝養をつくす様子を表現したものといわれています。立像は檜材の寄木造で、像内に書かれた銘文によれば、鎌倉幕府の政所別当(まんどころべっとう)の大江広元(おおえのひろもと)の四男、関東評定衆毛利季光(すえみつ)が両親と三代執権北条泰時(やすとき)などの極楽往生を祈って、寛元5年(1247)、仏師慶禅(けいぜん)に鎌倉で造らせたことがわかります。
鎌倉時代になると太子信仰が盛んになり、太子像がたくさん造られましたが、中でもこの像は最も優れ、造られた年代がわかる孝養像としては日本最古の作品です。
前代の藤原調も残りますが雄渾無比の鎌倉初期の様式を明示し、運慶様の作風が偲ばれると共に宋風も表れています。その相好容姿は実人を見るがごとき精秀な写実主義を基調としています。
毎年2月22日の聖徳太子例大祭で御開帳されています。

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