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公開日:2012年1月18日
この具足は、文政6年(1823)忍城主となった松平忠堯(ただたか)が東照宮に奉納したものといわれています。具足が納められている櫃(ひつ)には、「天祥院様御召替具足」の書付があります。「天祥院」とは松平氏の祖で、摂津大坂藩主、播磨姫路藩主などを歴任した松平忠明(ただあきら)のことで、父は奥平信昌、母は徳川家康の娘の亀姫で、6歳の時に家康の養子となり松平姓を名乗りました。その忠明が大坂の陣に着用したと伝えられています。
作製年代は桃山期と考えられ、胴は本小札朱漆塗(ほんこざねしゅうるしぬり)の二枚胴で、黒糸毛引威(けびきおどし)とし、胸板は鉄雁木篠(てつがんぎしの)です。兜は錐形(きりがた)に当世眉庇(とうせいまびさし)で左右には角本(つのもと)が打たれており、長大の脇立を挿入したものと推定されます。錣(しころ)は日野根錣で、籠手(こて)は鉄皺瓢形(てつしわふくべなり)、脛当(すねあて)は鉄三枚筒蝶番(てつさんまいつつちょうつがい)付です。全体に保存状態が良く、丹念に造り込まれており、格調の高い出来映えから、松平忠明着用との伝承にふさわしい具足です。

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