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公開日:2011年5月11日
行田市南部の埼玉地区は、東国古代史の宝庫であり、県名発祥の地とも言われています。全国でも有数の規模を誇る「埼玉古墳群」は、昭和13年に国史跡に指定され、昭和41年からは「さきたま風土記の丘」として、この一帯の整備が進められています。
埼玉県名発祥の碑があるさきたま古墳公園は、国宝「金錯銘鉄剣」が出土した稲荷山古墳や日本一の規模を誇る円墳の「丸墓山古墳」など9つの大型古墳が残されており、2時間ほどで古墳めぐりが楽しめます。これら古墳群は出土品から見て、古墳時代5世紀末から7世紀頃までに造られたものと推定されます。
このほか、古墳群とその周辺から出土した装身具、はにわなど約250点が展示されている「県立さきたま史跡の博物館」や江戸時代末期に建てられた民家なども見学できます。
また、付近には延喜式内社の前玉神社や、万葉集に詠まれた小埼沼、関東の石舞台と言われる八幡山古墳など、多くの史跡があります。
古墳とは、一般的には土を盛り上げて造った墳丘を持つお墓(墳墓)のことです。特に、1,700年前から1,300年前の「古墳時代」に造られたものを、「古墳」と呼んでいます。
古墳の中には、棺をおさめるための埋葬施設(石室、粘土槨など)があり、そこには棺と一緒に馬具や勾玉 などの副葬品がおさめられていることがあります。国宝である「金錯銘鉄剣」も、稲荷山古墳の埋葬施設から副葬品として発見されました。
古墳に葬られたのは限られた人たちだけで、主に当時の有力者とその一族だったといわれています。
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